焼売パック89円、ハム241円

会社勤めをしていた頃はそこそこ給料もらってたのに何に使ったか。居酒屋ではなく吉野家で牛丼を食うことを節約だと思ってた。カップラーメンや鯖缶などで食費を切り詰めるとやがて体の調子が悪くなる。それで近頃では外食は高いので弁当チェーンに納豆を合わせたりしていた。

そして少し居酒屋的な奮発をしたいときはスーパーに赴き惣菜コーナーで肉じゃがを買ったり魚屋でお刺身を買ったりして、居酒屋で3000円くらい使うイメージで食費に900円くらいかけたプチ贅沢をしていた。千円は越していないという感覚。

さあ、今日も何かおつまみを買おうかとスーパーに行くと・・・知ってしまった。今月のお買い得品焼売パック89円。そしてハムが何グラムか知らんが10枚で241円に2割引きのシール。

カップラーメンかおにぎりを足そうかと考えたが、焼売が10個で100円切っているのに鰹節のおにぎりを100円出せというのかと思うとそのままレジまで足が止まらず、会計すると300円でお釣りが来た。

自分の中で何かがガラガラと音を立てて崩れ去った。俺、もしかして節約主婦ってやつ?

ゲームセンターに通っていた頃は300円など軍資金にもならない、ジュース買うだけで120円かかると思い込んでいたものだが。

何と平井モリガンが中学生だった頃のお小遣いを下回る金額でお肉がお腹いっぱい食べられる。まじでストリートファイターIIで100連勝しても100円損しかしないのに、スーパーを練り歩くだけでこんなに儲かるのかと。

とは言え肉と酒だけの食事というのも続けると胃に悪い。今日は薬局で胃薬も買った。

餓狼伝説スペシャルのハイスコアも技術的にシビアな部分とコンピュータのパターンの乱数の引きによって思い通りに行かないでストレスが溜まる部分もある。スポーツと違って指先だけなので運動によるストレス発散には残念ながらならない。

だが、もうひとつ気付いたことがある。冷凍食品をレンジで温める間にiPadスマホでゲームをしたりせずにお皿が回っているのを眺めて5分過ごすと、不思議とリラックスしている自分がいる。スキマ時間に勉強やゲームをして会社に電車で行ってスーツを季節ごとに何着か新調して、ゲーセンで遊んで外でビールを飲んでいた人間が。

家でネオジオ餓狼伝説スペシャルを遊んでいると、あんなに欲しかった自由な時間とお金が、気がついたら手に入っているじゃないの。

もう、あんなに勿体無い使い方はするまいと思いながらも、退屈は退屈だ。

そして、お金は手を付けて使ってしまうと、すぐに無くなりそうな気がしてたけどさ。

本当にちょっとずつ、価値のあるものを見極めて使おうと思ってる。

ちょうどドラクエIIIでレーベ村から旅の扉に向かうとき、旅人の服から皮のよろいに買い換えるのにお釣りと合わせると100ゴールドで守備力+4ということを分かって買う感覚と似ている。こん棒から銅のつるぎへの買い替えはお得だがクサリガマはちょっと割高。洞窟で拾った木の帽子は勇者や戦士ではなくパーティの命の要である僧侶に装備させる。すばやさの種は戦士に使う。本は読まずに袋に入れる。バブルスライムにはギラを唱える。敵が魔法使いなら後衛の魔法使いはメラに備えて「ぼうぎょ」する。毒を受けたら教会で治すより道具屋で毒消し草を買って使うほうが安い。

簡単なものから複雑なもの、どちらが得か悩ましいものなどゲームの中には選択が色々とあるが、全てそれによって何が起こるか、自分はそうすると自分のやりたい事へのゴールに近づくか。ただ、淡々と戦闘をして王様に会ってセーブして、半分思考停止した状態で作業をするのではなく、数値ひとつひとつと真剣に向き合う。

これがサラリーマンをして帰り道に赤ちょうちんにお金を落とすスタイルと自営業のスタイルとの違いに本当によく似ているのではないかと。

だんだんと「ゲーセンってそんなに面白い?」「居酒屋ってそんなに美味しい?」という自分への問いが増えてきている。

うちの魔法使いにはブロンズナイフを買っやらなかった。防御するか、魔法を使うかだ。おおがらすを僧侶で攻撃した時にギリギリ死ななかった時に魔法使いの1ポイントの打撃が入ってちょうど倒せるケースはあるが、まあそういう時に狙って攻撃する以外は「ぼうぎょ」で充分なのである。

「お金がいっぱい欲しい」という夢は、ただ漠然といくらくらいあれば自分のやりたい事が全部できて会社からリタイアできるのか想像が及ばなかった頃の願い。

今は何が欲しいだろう。もちろん、節約生活ゆえに無自覚に我慢していることもたくさんあるはずなんだ。そこはブログでもノートでもブレインダンプしてラクにしてやりたい。

願いを何かの契機で一気に叶える大目標を立てるのでなく、小さな「こうしたい」を重ねることでいつの間にか満たされているかもしれない。

だいたいの自己啓発ってそういうもんだからね。

レベル99の戦士とレベル99の武闘家どっちが強いか考えるのと、ロマリアまで行くのに戦士と武闘家どっちが早いか考えるのって、実は使ってるアタマってそんなに違わなくて、だけどレベル8の戦士とレベル99の戦士が全然違うのはすごく簡単なことなので、深く考える前にレベル99を目指してしまって、電池やメモリーカードを失って喪失感に苛まれて不安になるということを何度か経験したんだよね。

目先、簡単な方法でとにかく根性ってのはダメな方向。

ドラクエIIIゲームボーイカラー版は本を読むと性格が変わって性格によってキャラの成長度が違うんだけど、何だろう。俺はその昔には「がんばりやさん」とか「タフガイ」だったけど、おととい始めたデータでは「ワガママ」な性格で、そこまで性格を変えた本って何だったんだろうな。

多分ニーチェだな。

道徳は為政者の君主道徳と労働者の奴隷道徳に分けられて、宗教は奴隷道徳から発生して君主に強いことは悪いことだと思わせることで権利を獲得するために作られた弱者の知恵なので、王様なのに信心深いのは何かが歪んでいて、君主道徳であることが健全なのだが、奴隷道徳の中の忍耐強さによって成される強さというものには一考の価値があるというところで話が終わっている。

だから、俺の勇者はワガママなのであるがワガママのレベル99まで行けたら俺の目標はひとつ叶うのではないかというのが今日の俺の結論だ。

現状としてはワガママだからあまりレベル上げとかしたくなくて放っておくんだよね。