最近は微積を解いているのだが、確率も捨てたもんじゃないなと

志望大学の数学の受験科目が確率と統計だと分かって、当時そればっかりでした。

それから「数学で確率が得意なら何でも確率で考えてみたらどうか、数学は正しいものの考え方だから、そうしたほうがマトモな考え方になる」とアドバイスを受けて。

ブログを書いていたものだから、この確率的な考え方は図書館に行かずネットで情報を得ようとする人の間でいっときメチャ増えました。読者総数は把握できないけど「ブログが広告収入で儲かるらしい」と噂されて、書くネタがない人がそこらへんの記事をリライトするから、数学なんて取り扱って説得力のあるのが目に止まったのか、とにかく増えた。

自分が少数派で負けていると頑張る性格だった俺はいざ意見が市民権を得ると「本当に俺の意見でいいの?」と考え始めました。確かに偏差値的には優等生、だけど不勉強なところもある。自分に自信がないから、自信をつけるためにもう一度数学をやることにした。

そうして出会ったのが青チャートの微積分で出てくる東京大の過去問。

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これな。

この問題は基礎解析から微積分の出題にされているけど、さいころをコロコロ回転させると極限はどうなるかという問題で、n=1だとある程度の予測はできるけどlim n->∞だと一般的な場合の数と一致するという確率の前段階の証明になっている。

このことから、何度でも再現、挑戦の可能な事柄ならば確率で考えて良いけれど、たった一度の出来事を確率や統計で考えるのは実は適切な考え方とは言えないことを示唆していると考えるように変わってきたんだ。

では、代わりにどういう計算をすればいいか。もっと微分した確率。基礎解析。マクロよりミクロ。反対に俺は確率というマクロ的数学で考えてきたので、41歳になってみて30代に後悔はほとんどない感じ。20代には山のような後悔があるけれどね。

確率だけで考えると短期間だと予測できないことが中長期的視座に立つと予測の範囲に収まるというのは一見すると逆説のように思えるけど、この問題を解くと短期的には3分の1くらいで当たる賭けが中長期的に6分の1に収束するというひとつの無矛盾な体系なんだよな。

もし、サイコロの出目を手の持ち方と転がす方向などから6分の1でなく5分の1で当てられるような術があったら、それを1000回積み重ねた結果というのは恐ろしい差になる。

だから、中長期的には確率で予測を立てて行動するにしても、その時々で現状に合わせてミクロの軌道修正をして行く感覚があるから大雑把な確率「だけ」で見た時にメチャメチャ運の良い人に見えるんだろうな。そういう日々のTipsはいちいち言語化しづらい。リアルタイムにどんどん書かなきゃいけないことが増えるからね。