自由とは何かについて考えた時、例えばギプスのようなものを想像する。
ギプスをすると体が固定されて自由が利かなくなる。不自由が生まれる。
自由になるにはギプスを外すか、筋力を上げてギプスごと動かすかだ。
力が強いほうが抵抗があっても意思の通りに身体を動かしやすくなる。
身体の自由はそういうふうに考えて行くと身体能力に依存していく。


次は知恵の輪のようなものを想像してみよう。
知恵の輪は力では解決しないが、方法を知っていれば自由に脱着出来る。
これとギプスの話を結合すると、知恵と力で行動はどんどん自由になる。


最後に思考の自由を想像してみよう。
これは少し難しいし、僕自身の考えもまとまっていない。
宗教的な戒律と法律や言語で思考はもとから束縛された状態で始まる。
経験したことが無いことを想像することは難しいと言えるので、
経験が豊富なほうが思考が自由だと言ってしまうこともできるが、
不可能をまだ知らない子供のほうが想像力は豊かだとも言える。
想像したことの実現可能性から言うと、経験からの想像が好ましい。
想像の上で自由であったとしても、経験的実践ができないと不自由だ。


ちかごろ自由に出来ることが増えてきて、想像の時間が減った。
想像の自由は思考の自由つまり知恵の輪の解法とは少し違うんだ。
現実の解法を体得することで実現可能な想像ができるようになる。