フロギストンは今日も燃えている

「現代科学 」という言葉は科学界が結合組織でくまなく認識を共有しており、科学者の見解は全員一致で新発見は常に共有されているというように義務教育の小中学校での教科書が共通で真理と正答がイコールで教えはそれしか無いという状態の延長線上の間違った認識のもとに生み出された20世紀のものだ。現代では科学は細分化されそれぞれの領域で認識を分かち合っているものじゃないかな。

俺は学校で元素はそれ以上分解できずそれぞれは共通の性質を持っていて、それらの結びつきによって全てのものが成り立っていると習った。元素の周期表が理科事典の巻末に記されて、それらを覚えることが必須の要件で水兵リーベボクの船と覚えたものだ。しかし希少元素の同位体を習った頃から、何かおかしいなと思い始めた。

勉強しながらも学校で習うことは本当なのか疑っていて、それでいながら学校で習った知識をつなぎ合わせてモノを考えて、話をした時に同じところまで勉強していない人のトンデモを馬鹿にしながら、同時に自分と学科の違う人の話も疑わしいと思っていたのであるが、それは裏を返すと学歴のない人が高学歴の人はウソをついて低学歴を騙しているのではないかと簡単に決めつけて疑っている状態とさほど変わらない。低学歴と高学歴を文系と理系、大学と専門学校とかに置き換えてみると当てはまるケースもあるのではないだろうか。

それが案外、もうちょっと歩み寄って同じ学科を習ってみると、大学では学術的に新しいことを習うだけでなく、燃焼は炭素と酸素の結合であるという発見の前には燃素フロギストンによるものだと考えられていたというようなスグには役に立たない科学史なども併せて習う。これは暗に現代もその延長なんだよと諭しているが、諸説あることを子供に教えると単に混乱するから真理が明らかになっていてそれを身に着けるためと子供の為を思って騙しているのが義務教育の在り方で、文部科学省が権力を得るために科学は絶対的な真理であり従うべきであると大人を騙すために一部の学生には現代科学も疑わしい部分があることを教えても対外的には隠しているのが大学教育の在り方なのか。

科学の整合性は実験の範囲内での論理的整合性なので技術の発達によって高度の実験をすると不整合が出る時があって、そのたびに新しい結果も包括する整合性を持った理論が得られるまで考えられるものだから、先ず実験があって不整合が出た時点でそれは反証という新発見なのではあるが、今まではそれを隠匿してそれに整合した新理論を新発見として発表していたものがネットで反証だけが先に流出してしまうのはもう止められない。

新しものには呼び名も無く、酸化マグネシウムが二種類あったとしてもどちらも便宜上は酸化マグネシウムとして扱われる。こうなるとマグネシウムもオキシジェンもあったものではなく、フロギストンのように更新されるべき古典化学になりつつあるんだなあと思ったのであります。100均のサプリで怪しい化合物を軽い気持ちでごくっと飲んでからそれは勉強した範囲の知識で半信半疑ながら飲みたい気持ちが51%くらいになって飲んでみたものだが、効いたことに対する満足と本当にそれでいいなら情報がもっと流通しても良さそうだというお節介などで掘り下げて勉強を続けている。

効くらしい、効いた、納得した、でもなんで?知りたい、分からない、まだ説明が付けられていない!こわい!あとで何か副作用とか出ないかな?という心配が先端を自ら切り開こうとしてしまったことの後悔みたいになってる。今日もどこかでフロギストンが燃えている。