みかんは何個あるか

小学生のとき算数で50個みかんがあり10個友達にあげて5個は腐った、みかんは何個あるか?って問題に悩み、腐っても捨てたとは書いてないので40と答えたらバツだった。いいけど問題文をもう少し丁寧に書いて欲しいと先生に言ったら算数では出題者の気持ちを読むことも教えてると言われげんなりした 

このツイートが話題になっていた。

まあ、35個だろうな、とは思う。

しかし、何故40個ではいけないか、ということ。出題者の気持ちを読むとはどういうことか、ちょっと長文になるけど書いてみたいと思います。

俺はツイートで「あげたみかんも「ある」と考えないとC言語メモリリークになりそうかな」という類のことをつぶやきました。それから元のメッセージに寄せられている返答にも50個だろ、と答えている人は何人かいるようです。

一方で、問題文には50個あると書いているが、ここにはないので0個だろうという意見もあるようです。そう考えるなら、みかんは世界中に無数にあるのでいい加減に3億個とか、そういうことかもしれません。

ここで考えるべきことはこれは算数の問題であるということです。

40個というのはみかんがあるという文章を受け入れながら、友達にあげたを10個減算して、5個腐ったということを意図的に無視しています。つまり、最初に0個しか無い派の意見からすると文中に入って50個を受け入れて、その世界に入っているのです。

そうすると、出題者の意図が50-10-5=35であるということは汲み取りながら、5個を無視していることになります。

そうして、ツイートの返事では50個だとか0個だとか言っている人のほとんどは、いざ自分の進退が決まる試験で試されたときには35個と答えるような人たちなのです。これは俺の偏見も入っているかも知れませんが、ネットの賛同意見はその程度のものです。

分かってもらえないのを分かって、相手のことを分からないといけません。先生にはそんな事を言っても通じないということを分かるのが小学校ではないでしょうか。