クリアアサヒを飲んでの物理学「月の重力と気圧差どっちが上なのよ」

大工のおっちゃん(母の兄)が俺の学力を認めてくれた。

おおよそ田舎者というのは学問を軽く見ているところがある。

それでも、学校を卒業してからも本を読んでいるともう学校なんて行かなくても良いのだから好きなテレビゲームでもしていればいいのに、何故頑張るのか不思議がる。

それはひとえに俺が大学に落ちて専門学校に進み、就職してから学歴を隠して大学に進んで就職したと偽るために嘘の上塗りをするかのように勉強していると考えていたようだ。

だから姉と母は何かことがあるごとに俺が大学には落ちているということを明け透けにすることで怖がると思っていて「落ちた」とか「通らん」と、それ単体では「大学に」を入れずにぼそっと言って、ギクッとすると「あら私は落ちたって言っただけよ」と言うから、それは確かに俺も怖かったのであるが、大学には落ちても専門学校には通っており、国家試験にも通ってリカバリしていることを全く認めようとしないことに腹を立てたりもしている。

そうじゃなくて、俺はおやじの店で居候状態なので、仕事がないからパソコンに向かい、何か社会の役に立たないかと公益性を感じてブログを毎日綴っていて、それは俺がプログラミングなどで人並み以上に働いており、給料制で出来高払いではないがゆえやる気のない人を見てきて、またプログラムがその特質上から工業簿記で単価設定されているものの実質上では組み込みでなくモジュールのコピーでよく、特にC++ではライブラリとテンプレートで状況に合わせたモジュールを記憶装置から呼び出すのみで解決できるようケーススタディを繰り返すので仕事がないときにも仕事が来たらスッと出来るように準備体操的に勉強しておくものなのであるが、それらが全て姉や母から見て「大学に落ちたから今更悔いて勉強している」という風に映るのだろう。

それでも、大学に対する憧れのようなものはあるし、中学高校での不勉強を反省している部分もあり、得意科目の延長線でなく苦手科目の克服が今後の展望を変える上でなにかのヒントにならないかとも考えている。

その中で、2次方程式で表される放物線なのであるが、これは高校物理で「空気抵抗を無視して」などと注釈を付けて計算させられるのだが、2次方程式のグラフをプロットして、逆さにすると放物線になり、これが大工のおっちゃんは「この通りに投げたら飛ぶんけ?」というのだ。

俺は「おおよそだが、厳密には違う」と答える。「ぴったり合わんのやったら何を難しく計算しとんねん?」「これは高校で習うやさしい物理の入門で難しい計算ではなく、空気抵抗と高低差による気圧の変化と地球の重力ではなく月の重力も考えると計算がずれてくるんやけど、それが分かっても何をどこから計算すれば合うのか分からないことがまだまだあるんや。解というと机上の空論になるんやで」

工務店で働いてたらよ、設計図とかいうの持ってこられて、そのとおりピッタリ線を引いて組み立ててもネジの穴ひとつでも合わんかったりすんねん。あれはなんでや?」「まあ、まだまだ世の中の計算なんてそんなもんで、ピッタリと言っても厳密にはざっくりしとるんや。それをどんだけやる前にピッタリにするかっちゅうところで図面を引くコンピュータも悩んどるんやけど、お金と手間がかかりすぎるからこんなもんでええってところのしわ寄せがおっちゃんらのところに来てるんやで」

「そんでもよぉ、お前は俺の話でもよぉ聞いとる。俺らかって知りたいことなんてナンボでもあるぞ?そんなん大学の先生に聞いてアカンかったら誰に聞いたらええか分からんけぇ」

「まあ、それは設計図を引いた先生の頭にある絵と実物をすり合わせるしか無いんじゃないのかな」

「気に入ってもらえるまで作り直せっちゅうことか」

「もうお酒が回ってきた」