今日のカプエス2(Aガイル・ベガ・さくらでクリア)

ヴァンパイアセイヴァー全国大会の関西地区最後の予選で俺は決勝までのぼった。

ヴァンパイアハンター時代は真面目にやっていたが、セイヴァーはかなり適当で友人と遊ぶ程度、しかし大会はイベントとして記念になるのでハンターからセイヴァーに移った人の中でだいたい予選枠取れているから、ミヤザワに最後の予選を取らせよう「取って一緒に遊びに来てください」という空気が流れていた。完全なデキレースで予選の他の参加者を既に予選を取った人で潰し、俺は当たったら負けてもらえた。

しかし、その決勝で当たったのはセイヴァーの予選のために中国ブロックから関西ブロックまで予選を取りに来ていた実力者のレイレイであった。接戦だったが、こちらの攻めを全てバックジャンプ空中ガードで凌がれて、セイヴァーのバックジャンプってどうやってダメージ取るんだっけかなとジェダで空中チェーンをガードさせて地上に引きずり下ろして小パンチ、その小パンチでの吹き飛び後の攻めも投げ、中段、下段の揺さぶりを仕掛けたらやっぱり空中ガード、仕方がないのでずっと空中チェーンから小パンチと繰り返していると、小パンチのダメージしか入らないところに、時々レイレイが抜けてきてダメージをもらい、負けた。

今でもジェダでレイレイのバックジャンプ空中ガードってどうやったら崩せるかなと思いだしたんだけど、まああの時に地上ガードより地上技を1発受けても空中に逃げるほうが地上で2択3択で減らされるより期待値が高い(被ダメなので相手から見ると「低い」だが)そのへんを研究してから来たんだろうな。

当時の俺は「真面目に取り組んでなくても今までの蓄積で充分勝てる」みたいな部分もあったし、その自信というよりはやや傲慢な部分は俺の中心人格なので、そこを折られたとき人格が破綻して統合失調症という精神病になり、最近までお薬を飲まないと夜眠れなかった。

そのことをテレビの選挙見ながら、当確と選挙順位のその後の政治的影響力、方針による他候補つぶしなど国家のための政策でなく内部的主導権の奪い合いの策略を見ていると、セイヴァーの頃は関西ブロックで予選を勝たせてもらえるだけのコネと地方からの遠征者と実力勝負になるバランスがちょうど選挙とかぶって思い出した。

 

願わくば全国優勝したいという俺と、実力勝負だと思っている界隈と、政治的な決定力は常にどれが最強というわけでなく、完全な実力勝負ではないものの政治的な思惑を実力で覆す可能性とか余地は多数決の選挙より格闘ゲームのほうがあるかなという程度。

遊ぶのか、大会を目指して取り組むのか、大会に出ている人々はみな優勝を目指して研鑽している人なのか、はたまた普段遊んでいる人が大会という場を利用して何らかの思惑を持って優勝者争いをコントロールしているのか。それが何に決定されるかで今後も遊んでいた人が遊び続けられるのかが遊んでいる人の関心事だったりもする。

 

そして俺はと言うとジェダ対レイレイレイレイがバックジャンプしたら何か手があるかみたいなことばかり考えているんだけど、周りの人は予選であいつのレイレイサスカッチで潰せなかったかみたいなざわつきがあって、予選を取られたもののレイレイと俺は握手して爽やかに場を離れ、後であのクソ野郎がとブログに書いて台無しにする。

 

家でカプエス2の音がすると近所の商店街に古いゲームの音楽と必殺技の叫び声などが少し部屋から漏れるので嫌がられる。嫌われているものを続けても人気が出ないのは分かるが、俺の中で煮え切らない部分は何かと自分と向き合って、ガイルもしたいし強いのはオリコンだと思ってる。ガイルはオリコンがベストグルーヴでは無いかもだが、差し引いてもベガとさくらのオリコンが強いのでガイルを入れて、オリコン強キャラのベガさくらで勝ちを狙い、大会などはまた別の話だと思うようにして、家で3キャラ使ってコンピュータ戦で得られる満足に甘んじる。

 

昨今ではゲーム大会の賞金も上がってサラリーマンの年収よりも多い人もいるが、サラリーマンというのは会社組織での公平分配の論理で同じく会社員である者みなと協力して利益を出し給料を受け取っている。そうすると勝負の世界が賞金制ならトッププレイヤー同士を比較するのでなく参加者全体の総和で見ると優勝しなくても貰えている人が多い分、ゲーム大会より会社業務のほうが総合利益は高いのが基本である。それと共に、ゲーム大会を支える参加者も本人がプロ志望の無職というわけでもなく、他に仕事を持っている人も多く参加していると考えると、ゲーム大会の賞金という結果の収益だけで全体の利益の総和を見るのではなく参加者が他の仕事で受け取っている利益の総和からゲーム大会のサムを重ね合わせて考えるべきであり、そういうのを利益ではなく経済効果と人は呼ぶ。

 

今俺はゲームに於いて電気代以外の経済効果は生んでいない。シビックに乗っていた時は暴走族が、電車族に戻った時はJRなんかにもゲーム遠征費で経済効果があったのでスポンサーと言うほど直接的ではないものの、副次的な利益は享受できた。

家庭を顧みず家族関係崩壊寸前でゲームに打ち込んでいたが、今は一度家庭が崩壊してから親父と二人の生活、東京にいる弟、借家を買い取って義兄と姉の家族が住んでいて、母親ともケータイで連絡は取れる。そこに俺が住んでいる商店街の人々とほとんど接点無しにご近所としてはやや遠目の距離感で暮らしている。

俺のゲームと周りの人は関係なかったが、関係を持たないと関心も生まれないわけで、関心を持たれることとその期待に応じた行動が伴っているかというと、基本的に地域はゲーセンやパチンコ店とは対立方向なので、やらせてもらっているだけ良い方かもしれない。

してはいけないものとして反発を煽る禁酒法の論理で実はダメだった昔のほうが家賃で食っている商店街の年寄りには甘い蜜だったのかもしれないがな。

包帯のようなグルグル巻きのウソを全部ほどいたつもりで首の皮1枚分、まだ真の狙いと正負が反対に取り違えているという。ゲームなんかしてはいけないから家庭用ゲーム機が取り上げられて学校や習い事の帰りにゲーセンに寄って遊んでいたのが家賃収入として年寄り筋の利益となって親もそれについては及び知ることが無かったわけではないが黙認するしか無かったというような、俺の住むこの商店街の利潤の謎を部外者からしてもっと難しい謎にしないと解かれてしまってはゲームオーバーなんだろうな。

トーナメントの操作くらいは子供でも出来るが、商売としてはまだ宝くじみたいな発想でしか企画立案できていないという現実の実力差を感じるよな。