高校もう1回頑張ろっか

朝からやたらテンションが高く今なら何でも出来るという万能感があった。

「たぶん、双極性障害躁状態だな」と思っておくすりを1錠飲む。

しばらくすと落ち着いた。ネットショッピングの衝動にも打ち勝った。

 

ゲームに関してはこのところ、満足を得ている。充分遊んでよく考えた。

まだ部屋にはクリアしていないゲームソフトも何本かあるが、満足だ。

もともと定価が高いものなので、安売りを見つけたらつい買ってしまう。

そうして溜め込んだ今更なゲームをやり込むのは俺の基本スタンスだ。

そうでないゲームもある。発売日に楽しみで定価で買い、遊んできた。

最初のうちは価格だけを見てクリア本数を上げていたが、遊んだ時間を価格で割って時間あたりの価格を計算したり、ゲーム中のスコアで全国1位を目指して成し遂げたり、何か数字があるとそれが高くなるように計算してきた。

しかし、そうして遊びながら溜め込んだゲームは全て遊ぼうと思ったらそれだけで残りの人生がいっぱいになってしまいそうなほどである。もともと、ストリートファイターIIのような格闘ゲームが好きなのも「上手くなれば100円でずっと遊べる」というインセンティブは大きい。

そんなのパックマンの時代からそうであったのだろうが、ファミコン時代にグラディウスなどのループ性のゲームを何周も遊んでファミコンにはどこか飽きていた。しかしスーファミは小遣いで買うには高すぎる。安売りのファミコンソフトを数買うよりも、スーファミで1本でずっと遊べるゲームを買うほうが幸福なのかもだが、スーファミと一緒に親に買ってもらったファイナルファンタジー5に飽きてしまった時に虚しさは感じていた。あの頃は1回クリアすればそれで終わりで、時間のかかるロープレが長持ちでアクションやシューティングはゲーセンで100円で遊べるから小遣いをゲーセンに良く使った。

だが、長い目で見るとその100円を貯めればスーファミのカセットを買えるのだが、買うまでの時間我慢する必要がある。中学生にスーファミソフトのローンがあったら1本あたり200円位割高でも組んでいたかも知れないが。

そうして数字で見ると、気付いた他のこともある。大学受験の選択科目だ。俺は国語と英語が得意科目で、好きな科目は世界史と倫理で、化学が苦手で、しかし理系選択で受験科目は物理と数学だった。

点を取ることを考えたら、小学校からいちど学んでいる日本史のほうが覚えやすく、出題範囲も狭い。ただし、資格試験などの合格得点制ではなく受験は倍率がかかると得点高低差による競争なので、日本史は履修しやすい分だけ要求合格点が高く、対して倫理は必要合格点は低い。これが当時は高校教師たちがスカラー的に分析して、合格点が低いから倫理は易しいと判断していたようだが、倫理の本膣は哲学的な疑問を深めることが出来るかであると考えていた俺に対して、試験の問題は名言と偉人をキーワードで結びつけるクイズのようなテストだった。

それでも、小学校で学んだ日本史の深掘りよりは高校に来たのだから「もっといいこと」を学びたいと当時は考えていて、日本史を取る生徒よりも世界史や倫理や地理を学ぶほうが優越感があったのは間違いないだろう。そして大学に行ったらコンピュータのことを勉強できる所が良いと思っていたが当時は情報学科のようなものは電通くらいしか調べられなかった。

たぶん、工学系に進めば学部で情報処理専攻がないだけで、学科でC言語くらいは単位が取れたのではないかとも思うが、そのへんの情報収集を出来ていなかったな。

近頃、コンピュータの情報処理に対する勉強も飽きている。職業だったこともあるくらいだし、ネットでもっとデキる人のやり取りを見ていると空中で悟空とベジータが戦っているのを上を向いて見ているヤムチャの気分である。

厳しい高校から易しい専門学校に進学した俺に対する周囲からの評価は大学に落ちたと言うより「もし優等生が小学校に戻ったらの異世界転生を楽しんでいるやつ」という感じだった。

いま、高校の勉強がよく分かるようになって、楽しそうだなと思うのも、同じようにもっと上位の資格の勉強とかが難しくて煩わしく、それなら高校に異世界転生をしたいだけだろうか。

高校生には戻れないが、難しい勉強よりは易しい勉強をくまなくやって足場を固めるほうを楽しみたい。