科学とエンジニアリングを分けて考える

 自分でもごっちゃにしやすいですが、科学というと家電のイメージを持たれます。

 反対に自然科学というと自然が強調されて機械科学はよそ者にされがちです。

 広く科学というと、全てのことを含むので、科学技術庁と言ってしまうとじゃあ科学技術じゃない技術って何なの?という疑問が湧き、伝統技術という右に対して科学は左なのかなと。

 過去には革新的であったものでも、時代が進むととっくに右寄りということはあるもので、それが実感として分かる40代で、科学か伝統かという切り口ではなく広く技術者であるということ。将棋をAIでするとか、伝統芸能を科学技術したわけだから、接点だとは思うんです。

 パソコン関連とか情報処理というと、どこからともなく湧いて出た何か新しいものとして扱われがちですが、複写機の前には活版印刷があって、その前に版画や印鑑があったのかどうかはさておき、活字印刷が点描になってプリンタやFAXになったものが、複写機と合流して複合機になったりしていて、広く計算機コンピュータ業界と言っても全てノイマン型コンピュータにルーツがあるわけではなく、確かにそこが重要な結節点だとしても、種から枝葉や根が出るような大樹の種がどこかにあるという発想ではない。

 混沌とした流れから何かが浮き彫りにされる。説明不可であることそれ自体を指してカオス混沌と呼ぶんですけど、計算機はスペックが飛躍的に上がった結果としてミクロな複雑系なら全部処理しちゃう、宇宙もカオスだけど星間力とかマクロな物理学ならそれも解いてしまう。

 いや厳密には解いてんのは人間の手伝いもあって、本来複雑系であるはずの世界を模擬的に方程式と化すことで地球儀やミニチュア鉄道模型のようなオモチャとしてコンピュータワールドと化して遊んでいるという認識がいちばん近いと思う。

 そうしてミニチュアが出来たら、実物観察と並列化させて見比べれば違うところがすぐ分かるようになって、それが方程式にはまっていないところを検出する最良の方法になってる。


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