金正男暗殺の時事ネタついでに俺のブログのポリシーを書くよ

金正男暗殺のニュースが流れてから巡回しているブログが何処も関連ニュースで、人それぞれニュースに対する切り口が違って読んで面白いのですが。俺なぁ、時事ネタに絡めて話すのは苦手なんだよな。

俺なりに気になったのは「金正男」をパソコンで打つのに皆「きんまさお」と打って変換するのかな、それはマヌケだなと思いながら「キムジョンナム」と打ってみたら正しく変換された。ああやっぱエイトックは賢いよ。

ところで俺はリンゴもブドウもレモンも漢字で書けない。パソコンを使うと書けない漢字も変換で簡単に出るので林檎でも葡萄でも檸檬でも読んだことがあれば正しい漢字が分かるので打てるのでパソコンを覚えたての頃はネットにやたら複雑な漢字が並んだ文章を書いて脅したものだ。

最近では自分で書けない漢字は仮名で打つようにしている。また、映画を「観た」と書くのも嫌いで「見た」と書く。何故なら難しい漢字というのは基本的に税金を取り立てる役人と働いて税金を納める平民の間で文書を交換した時に読んで理解させないためのものだと考えているからだ。

啓蒙思想(けいもうしそう)と言って、世の中の人間全てに教育が行き渡れば世の中が豊かになるという考え方があるんだけれど、実はその先には過当競争という問題があって、みんな軽い病気は自分で薬を買って飲んで治すようになって、お医者さんの価値が下がり、お医者さんが余るようになって給料が下がり、その結果お医者さんのレベルが下がるという事が起こる可能性もある。

お医者さんのレベルが下がると難病の人が治らなくなるけれど、国民全体としては医療費が薬代だけで済むようになる人が多くて豊かになるとも考えられる。これはまさに自由競争と共産主義どちらが社会をより良くするかという問題と直結する。

そして俺はどうなのかというと、まさにそのことで自問自答を繰り返している。

悩んだ末に国内で1億人の利用者がいるネットの世界に誰もが読めるブログという方法で発信するならば、やはり読める人が多くなるように読解が易しくなるよう漢字のレベルを下げて書くことにした。漢字のレベルを下げたからといって内容のレベルが比例して下がるというわけではない。映画を鑑賞したと、観た、見た。どう言おうが態度を表すものではないだろう。鑑賞というと集中して見て、見たというとポップコーンを食いながら見たというものでもあるまい。