天下布武については反省している

「戦争は人命を奪うのでゲームで競い合うのは平和的である」

これを建前に

「俺ゲームなら得意だからゲームが広まれば勉強やスポーツ以上に勝てる!」

というような目論見で天下布武のごとく格闘ゲームに熱を上げた。

少なくともそう願った俺の周りはゲームに熱狂しているかに見える世界になった。

田舎者の同級生などは「本当にそんな世界あるのか?」と疑った。

「北海道でも九州でも格闘ゲームは強いやつがいる」と言うと

「車で北海道旅行してきたけどゲーセンなんてほとんど無くてあっても艦これ」

「あのなあ、調べてから行けよ、レタスとか格闘ゲーム流行ってるゲーセン」

まあ、レタスは閉店したらしいが

「せめて近所の大阪梅田モンテカルロでも見てこい」と言ったが

カーナビの使えない市街地で何件もモンテカルロのある梅田で目的地には行き着かず、彼のゲームが流行っている場所というのが実在するという俺の言葉は信じられなかった。

 

しかしまあ、天下布武を謳った織田信長は謀反でその命を落としている。それをして天下布武はまずいというたとえ話は分かるのだが、もうちょっと歴史を進めると明治維新から日露戦争日清戦争に世界大戦と言うか太平洋戦争という史実があるので、信長がいなくなれば平和であったかと言うとそういうことでもないみたいだし、戦国時代も信長の死で終わったわけでなく家康が天下を取るまでの残りの戦争もなかなかに激しかったらしいよ。

 

んでそれでもとの建前の「事をゲームにすれば平和なのか」ということなんだけど、結局のところゲームというのは飯にならないので外国にゲームを売って儲けたカネで飯を買うという世界的な貿易とマイナスサムのゲームが展開されて、サンマが中国に取られて値上がったとか、先行きは暗いものである。結局それは政治的に戦争と大差ないのではないかという見方もある。

ウルティマオンラインの世界には既にロードブリティッシュがいなくなってもログインユーザが勝手に遊ぶので何度もアップデートを繰り返したらしいが、格闘ゲームもネットゲーもだいたいみんなそんな話じゃないのかと。若者は戦争のアジテーションに熱狂するが、それは機関銃とか見るとぶっ放してみたくなる、妖刀村々を持つとムラムラして人を斬りたくなるみたいな武器の魅力によるところも大きく、俺も子供の頃にファミコン魂斗羅を好んだし、スプラトューンで撃ち合いをしている子供もそう変わらないと思う。

 

幸いにして俺はまだ死なないで生きているので、残りの命の使い方は別なことも考えよう。