自分への期待にかかるプレッシャーから随分楽になった

いろんな道があると思う。

俺はいまバイトもしていなければ親父の店を手伝うでもない。仕事といえば情報処理の資格を持っていて、おつとめに行けば金を稼げて金を稼ぐと偉いと思っていた。だが、俺が外に勤めに出ると洗濯とかトイレや風呂の掃除とか親父が全部やってくれて、親父はそれでも家で仕事をしているのか俺の食費とかが浮く分休めているのかまでは分からないが、家事は必要だ。

祖母が元気だった頃は祖母が家事をしていた。しかしあの頃は祖母が片付けるせいで大事なものが行方不明になった、まあ大事なものと言っても子供のおもちゃとかなのだが、それで俺を含める子どもたちが泣いて両親は祖母を叱って祖母は家族の中では嫌われ者だった。

それはさておき、俺は高校の時には国公立大学を目指して受験していた。中学から私学で、家族から期待を寄せられていた。だが俺は荒れていた。しかし、それは「受験生だから」で許されている部分があった。しかし結果不合格になり、バイトをしてから専門学校に行って国家試験に通ったのだが、親はそれでは格好悪いと俺がスーツで会社勤めに行く姿を「大学に行っている」と近所に触込んだ。しかしそれでいちばん怒ったのは姉である。両親が近所に嘘を付いても「落ちたわよ」という。姉は大学を出たが念願の航空会社客室乗務員に成ることは出来ず親父の店を手伝って嫌気が差していた。俺は専門学校からだが就職した。それが気に食わず「あの子はバイトに行っているだけよ。土方よ」と友人たちに触込んだ。まあ技術者と言ってもITゼネコンの半ば公共事業とも言える税金から割り振られる予算でお金を配るためにしているような仕事なので、建設業者とかと経済的な仕組みは似ていて「IT土方」と揶揄されることはある。それでも有資格者、スーツ勤務、エアコン常備、デスクワークなのだ。だが近所には俺が就職した時にはまだパソコンは普及しておらず、コンピュータでどうやってお金を儲けるのかというのが噂になり、ペテン師をしているという噂まで立った。土方もIT土方という揶揄でなく本当に建設現場で工事作業をしているのだと誤解する人もいた。

そんな家族関係なのでか、俺は定時の後も家に帰らずゲーセンで遊んで夕食は外食で終電で帰っていた。それを終日残業と思っている人もいたし、反対に会社に行くと嘘をついてゲーセンで遊んでいるだけだと思っている人もいた。正しく理解している人のほうが珍しい。俺は結局会社づとめを続けながら貯めたお金で北米まで旅行気分で格闘ゲームの海外大会に出た。しかしその頃には母親が家から出ていた。親父が母親に家事費として払っていた給料をへそくりとして貯めて株を買い、それを資金にマンションを買った。親父は「アイツは家のカネ全部持って出たんや」母親は「私は家からお金なんて1円も持って出ていない」という。確かに日本円は1円も持って出ていないようなのだが、有価証券でマンション購入費が出るほど金融資産を自分の名義に変えてから出たようである。

そんな時に格闘ゲームでちょっとした賞金をもらって「テレビに映るかな」などとのんきに構えていた俺の相手をするものなど家族にはいなかった。親父には帰ってこいと言われた。

しかしゲーセン関係しか交友関係のなかった俺に金づるとして絡んでくるものは跡を絶たなかった。近所の玩具屋のキューピー道のおばちゃんなども俺の仕事は知らずゲーマーとして応援してくれていると思っていたが、究極的にあの人らはそれが資金源になっているからで、応援は俺のための体を取っているがおばちゃんの生活のためでもあると考えると、まずは俺は自分を大事にしようと思うところまで切迫していた。そこまで気は回せない。

また、学業であるが母親の思う医者ではなく技術者として食っていた。だが母親は一部上場企業の平均年収が400万なのにウチの息子は300万で働かされている、新しい居住区は高級マンションで近所の奥様方に息子自慢ができないというのが悩みだったようだ。馬鹿げている。

結局俺は親父のもとに帰ってきて、時々働きながら、弟が大学を出て就職で東京に出て引っ越すのを見送った。たまに正月に帰ってきたことがあったが、連絡はない。それから親父と二人になり、家の庭と倉庫をつぶして賃貸マンション経営で暮らしている。建設費用等を銀行から借り入れる時に親父ひとりでは借りられず、俺の会社員時代の信用が必要だったのだ。

今は家事が面倒くさいとか、家がボロくなってきて将来的に転居か建て替えが必要だという心配はあるが、生活としては目処が立っている。

そして今得られている膨大な暇の時間を安い小遣いでどう凌ぐかと考えた時に、お金のなる副業が欲しいと思ってブログを書いたりしているのだ。ギターを弾いて歌いたいという子供のような夢もネットでの動画配信である程度の自己満足を得た。だが、技術者としては休んでいる間に知識が古くなっていき復職に対する不安はある。もうしないかもしれない。働いていた時は家族からは期待されていなかったが、会社の付き合いからは受けた期待もある。

それも結局は会社員として俺が頑張ることで周りが楽になる期待なので、俺の出世とかを期待されているわけではないのだろうなと思うと幾分か楽になった。

まずは壊れきった家族関係を何とかしたい。家族は社会の最小単位であるので、それすら上手くまとめられないものが社会人として成功するはずがないのだ。親が元気な内に親に頼らずとも暮らしていけるまでの用意をしなくてはいけない。それが親父が80歳になる50歳なのか、90歳になる60歳の時か、100歳になって親父と一緒に年金をもらうようになるか。それとももっと早くポックリ逝かれるかは分からないが、18歳とか20歳でいう世俗的な「自立」はこと俺のわがままというか独りよがりなもので、他の家族との調和の取れた形の生活を求めていきたい。

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