悪魔との取引

自分のプライドが何かの邪魔になると感じる時がある。反対にプライドが高く嫉妬心が高いことがエンジンになることもあるのだが、若い頃にそれで良いように焚き付けられてその結果から脳がオーバーヒートして精神疾患になっている。

病気になってから、世話してくれるのは親父だけで俺が弱ると天狗の鼻を取ってやったという風に「泣きっ面に蜂」の追い打ちをかけられたのは病気を隠して働いていた頃で、仕事を追われて3年経ったいま、自分の内心を考えた時に中高私学で旧帝大に憧れを抱きつつも受験に負けてから案外と公募学歴の高い企業に中途採用の形で潜り込めて、そのねじれを心理的に利用して無理難題を押し付けられてきたんだと思う。

プライドの醸成は中学受験に勝ったことと就職先企業の看板にあり、しかし内実には大学受験に負けたことを何かの形で挽回したいと考え続けており、それが仕事に打ち込めるエンジンだった。

まあ、分かりやすく言うと普通は入館管理されていて誰も入れない企業の開発室に人脈で入館証を作ってもらって「お前偉い高校出とるらしいやないか、そんでなんか事情があったて」「はい」「それホンマか?ホンマゆうんならウチのシステム見てみろや、それ出来るゆうんやったら東大卒やって認めたろ、そんでカネはナンボや」とこう寄られるわけですよ。「俺大学は落ちてるし、挽回のチャンスだと思って引き受けるか」と思って多少ブラックでもやり遂げて名誉と報酬を受け取るんですけど、その会社の偉いオッサンが東大だと認めてくれても世間的にその影響がどれほどかは疑わしく、もらったカネで繁華街に出ても面白くなく。まあそのオッサンと付き合って高級飲食店とか行くと「こいつ東大出るくらいアタマあるんや」とか紹介されても相手オバちゃんやし、ママさんも俺が若いから若い女の子を付けてくれたりするんですけど、そうするとそういう飲み屋の若い子は案外とモノを見抜いていて「アンタほんまは東大なんか出てないんとちゃうの?」とこう来るわけです。

まあ裏の入館証とか夜の街とかで東大出たことにされてしんどい仕事をさせられるのはオレの心にスキがあるからだということを素直に認めて、落ちたのは勉強不足だったからもう一度受験勉強をしようと、高校の時に買った数学の学参を解き直して、受けたい大学の過去問や例題から累計予想をしてヤマを当てるような勉強ではなく、基礎からきっちりやって何を出されても解けるようにしようと取り組んでみた。

「数学が何の役に立つ」と言われた20年前と違って、数学を使った色々の分野の研究成果が出てスマートフォンのような便利な道具も浸透したところで、あえて受験問題のような数学をいまから解き直す意味とかその使い方というのも考えるんやけど、解けるようになることで怪しいオッサンから「ホンマか?」と詰め寄られる時に出来る「心の隙」みたいなところをガッチリとガードできるようになった。

「ホンマに解けるか?」と寄られて心が動くのは「本当は解けないのではないか」という不安があり、そこに問題を出されると「解いてみたい、そうすることで挽回できる」という心の動きがあるからだ。

まあ、過去問などと向き合ってみると東大の数学とコンピュータシステムの改修は別問題ではある。そして、数学の問題は高校の数学の先生でも解いてしまうので基本的に解くのは無償であると考えられる。対してコンピュータシステムの改修に当てられる報酬というのは市場原理が働かない密室での出来事であるので、価格の比較が困難なものだ。

つまり自分の受け取っている報酬が正当なのか不当なのか判じ難い事も心に隙の生まれるもうひとつの原因だと考えられる。まっとうな考え方からすると大卒初任給よりずっと高い。それで充分だと足るを知ることが出来れば、あのまま続けていたのかも知れない。ただ、自分に頼まれるのは他の業者よりも自分に頼むほうが割安と判断しているからだろう。

しかも裏稼業なので出世はない。一般企業勤務でも窓際族と比べたら似たようなものかも知れないが、好調に出世したものの年収などと比べると、という欲が出たのはまた怪しい界隈の人間から焚き付けられていただけなのかも知れないよな。そりゃ付き合いと言って高級クラブに飲みに行って払われる飲食代を間近で見ていると、金銭感覚も狂ってくるものだ。

いま俺はそのお金があったら、貯金しておいて毎日マクドナルドで飯を食う。そうするだけで毎日プレステで遊んで漫画週刊誌を読んでテレビを見て過ごしていてもお釣りが来るのだ。