弾ジャンケンは実は誤前提暗示ではないかという話

ストIIリュウケン戦は波動拳、飛び込みコンボ、待って対空昇竜の三つ巴のジャンケンのようなゲームである」というのが、実は誤前提暗示ではないかという指摘は前々からあって。

弾を撃たれたら「飛ぶしかない」と思うのは勝ち筋を飛び込みコンボしか知らないから。

弾ジャンケンがゲーム理論囚人のジレンマ」であり、その最適解がおおよそ6:3:1に待って弾を撃って稀に飛び込むことがジレンマの均衡点「ナッシュ均衡」だと説いてきた。

しかしこれはお役所にルールがあって生活困窮者がいたら届出を自ら出してもらわないと助けられない、みたいなルールありきの問題にどこか似ている。

待って弾を撃って昇竜拳でカウンターという戦い方を頑なにやめない人がいたら、それに対抗するためにもう同じ手を取るしかないのではというところで煮詰まっていた。

俺はここ3年くらい、その問題を時々考えて、そして毎日プレステで遊んだ。そのプレステでの遊び方は時に相手が弾ジャンケンをしてきたらのシミュレーションでもあったが、適度にいろいろの技を出して遊ぶことも出来たわけで、つまるところ相手がゲーセンでもし待っているとしても放っておいてひとりでコンピュータと遊べたわけである。

そして弾ジャンケンの当事者となったとしても、相手がミスしない、戦法を変えない、飽きずにそれを続けることに根拠のようなものがあるわけでもない。

そして、そうされたとして、ナッシュ均衡ではなくとも負けても時々勝てばよいと考えるともっと柔軟な考え方ができる。そうすると、その件の弾ジャンケンの相手には分が悪くとも、他の相手にもっと確実に勝つ方法を見つけて総当たりリーグを取れば総合点で優勝を取ることも出来るかもしれない。それが先日阪神に負け越しながら優勝をとった東京ヤクルトスワローズのような戦い方なのだろう。

優勝を逃した阪神ファンは「なぜ佐藤を出さない」「もうファンやめる」などと怒ったが、俺としてはシーズン通してホームランしか勝ち筋のない野球は忙し時にスポーツダイジェストで見ると「おお打っとる打っとる」という感じであるが「さあ野球を見よう」とひと試合構えて応援している分にはちょっと退屈である。

実は最近のカプエス2の試合は関西Kグルがまた勝っているのだが、東京の色々な技を出す弱キャラ中堅キャラに対して怒りデッドリーレイヴばかりという試合展開は引いた目での視聴者としてはやや恥ずかしい。

試合の勝敗より見世物としての動画感染のPV再生数を競っていると考えると「また東京に負けた」という劣等感をどこかに背負った。

だがまあ、試合は勝っている。ゲーム理論の正しさもどこかで認めてくれる人もいる。ただ、そこはストIII3rdやストZERO3の90年代くらいから対戦や論議の盛んな東洋に10歩くらい先を行かれているという距離感がある。

何をしたら良いだろうと悩むより、机の上の数学問題集を開き、高次導関数とか意味分からなくて「これくらい飛ばしても」と思ったページにもういちど臨む。ゲームで議論になって、対戦より自分で論考して自分との対話で最善手を考えるときに武器となる数学がもっと強くなれば考え方にも広がりが出来てくるかもな。

ゲームの中に答えがあったとして、それを求める方程式があるとする。そうすると、そのゲームとそれを解く方程式を現実社会でどのように扱って時間を有意義にするとか金銭的な利益を上げるとか、そういう外枠があり、それすらも内側からの計算で手がかりをつかめないかとなってくると、二次微分とかにも使い道があるのかもな。

それ以外に今日もカプエス2はA山崎・豪鬼・ベガ2でクリアして、豪鬼の歩き小キックをどう使うかとか、山崎のオリコンのフォローとか、ベガの発動系の基本である画面中央めり込みダブルニーヒットからの最速オリコン中パンチとか、ストIIの弾ジャンケンよりカプエス2の方が色々あって面白いと思うようになってきた自分の変化もありました。

まあ、最適解が見つかったとして、それで時間あたり何百円儲かるかとなると「カプエス2は儲からない」みたいにゲーセンからは嫌がられた。実はそれはカプエス2のゲーム性に問題があって売り上げが悪いわけではなく、ゲーム研究が進んで待つ人が増えて削りで決着して勝負が長引いたから時間あたりの投入金額が下がったの。

そしてゲーセンからは嫌がられてもゲーム会社の株を買ってゲーム機の売り上げで利益を出すとなると資本家からは喜ばれる。そこで株式売買をゲームと考えて五分になるほどの大きな元手が自分にあるわけではない。そんな人は法人含めて世界中にもいないかもしれない。最初にそれに気づいた時に俺は証券会社の株を買って利益は出ていたけど、それが銀行金利や投信より多くても増えるペースの遅さに苛立ち、もっとハイリスクな手の誘惑に負けた。

そういう意味では、コンピュータ相手に豪鬼で待ってバックジャンプ斬空とかで削って少しずつリードを広げていく地味な遊び方の中にオリコン発動で自分なりに楽しむ時間も少し持ち、そこに見つける小さな喜びをもっと突き詰めていく、そういう派手味のない辛抱強さも鍛えて行かなきゃなというのが今日の感想。

となると、弾ジャンケンは誤前提暗示ではなく最適戦略であり導関数だと考える。ただゲームがストリートファイターII数理モデルとして見たモデルの最適解だから、別ゲームとなった新作を考えるときモデルから間違っているという否定は成り立つと思うので、それ以上のモデルを提示して欲しい。

対してカプコンリュウが飛び込み強キック中足払いキャンセル波動拳で1ドット削るなら、飛び込み即ち削りでジャンプから空中で波動拳を打つ豪鬼というキャラを出して「拳を極めし者」とした。この方が反対に簡単なモデルで考えていると思う。豪鬼が飛んで波動を撃つとなると「歩いてくぐる」とのジャンケンよりも陣取りゲームに近くなり、波動拳を触れるギリギリまでガードせず前に歩いて豪鬼を下がらせ、画面端に追い詰める。

俺は豪鬼を使うとき、斬空波動拳ではなく地上の波動拳も時々打つ。「それは何故か」と尋ねられ、答え辛かったが、ここまで整理するとローリスクに思えるバックジャンプ波動拳では弾が触れるまで前進してガードで陣取り的に追い詰められ、垂直ジャンプ波動拳は歩いて潜られるリスクがあり、だから後ろジャンプ波動拳を狙って歩こうとする相手にいきなりの地上波動拳で牽制する。もちろん、地上の波動拳には飛び込まれるリスクはあるが、豪鬼だから斬空波動拳と読んでいる相手の歩きを狙う。確かに言われてみるとやや不合理なハイリスクかもしれんが。

バックジャンプ波動拳を繰り返し、画面端に追い詰められたら阿修羅戦空で反対側に移動するという戦い方もある。途中で相手が1ドットでも減ったら逃げ切って勝ち。最後まで待たれたら引き分けになるのも覚悟の上だろう。

それからX-MENやヴァンパイアなどゲームは高速化、複雑化したけど、弾ジャンケンはそれでも同種のゲームを考える上で根幹になる。

それで新しいゲームについてこれない人に対してグラフィックが新しくゲーム性はストIIとほぼ同じストIVが出て、それは買ったけどストVにはあまり興味がなくて、株買って「俺に面白いゲーム作れ」と言った結論として株で儲かった分よりもっと大きいお金出して新しいゲーム機と新作ソフトを買ってもらわないとゼロサムゲームは進みません。ということなのです。

だからゲーセンバイトしてモンハンを頑張っている人がいて、それが楽しかったとしたら仕事に喜び感じれて良いんだろうけど、遊んでいる時間も実働に近いと考えると、ゲームが仕事の会社員みたいにも思えて。

ゲームが生活の余暇を楽しく有意義にするかもライフワークバランスをもじってライフゲームバランスだと思う。

そうすると、弾ジャンケンは誤前提暗示ではないかという命題に対しては「弾ジャンケンはゲームに勝つための導関数である」と考えたら使い道があるんじゃないかと思います。

和田先生は「東大生になりたいと思うなら、頭が良い悪いではなく受験で鍛えたかどうかなので、数学がもし得意なら数学で考える癖をつけてみなさい」とのとこなので、数学的に考えてみました。ゲームする時間より物事を数的に考える時間の方が俺にとって有意義で、その考える対象がない時に課題をくれるのがゲーム。ゲーム以外を考える時間も欲しいし、ゲームそれ自体の音楽と映像で満たされる喜びも心を豊かにしてくれていると思います。

ただ、高次導関数で外堀を埋めてゲーム機2台とプレイヤ2人がエンジンになるとして「それをやらされる身にもなれ」というのが本音として漏れることはありますね。

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