妄言

 日本で戦争の話が出たときに反戦活動家などから「我々が平和を維持するためにしてきた活動を知らなすぎる」みたいに怒る人がテレビに映っていた。かなり前だが。

 しかし、日本は敗戦後78年とか経つわけだが、戦争をしない代わりに政府から諸外国に詫び石を払ってきたという歴史もある。戦争をしないのではなく力を取り上げられ、安い労働力としてこき使われながら、それでも貯めたお金をまた取り上げられる。

 そうすると、平和憲法をどうにかこうにか解釈を変えながら自衛隊を作ってせめて専守防衛でも戦力を備えた軍部こそ反戦活動家より仕事をしているのではないだろうか。

 俺たちは戦争を知らない子供達ではある。しかし、戦後の小説「蟹工船」と同じ目にプログラマーは遭ってきた。殴る力を奪われ、法によって暴力を禁止されながら、脅迫や恫喝に貧困を理由としてタコ部屋に押し込められてパソコンの打ち込みに使われたのだ。

 まあ、それと比べたら今は楽になっているのだから、恨み言も戦争の話も言わない方が良いのかもしれない。大阪での独り暮らしは俺には無理だった。友達が泊めてくれとか茶を入れてくれと言って出入りするようなマンションの小部屋で銀行に貯金をするのは盗まれる恐怖がつきまとうし、誰も入れない部屋では孤独にさいなまれるし、都会で部屋を出てもお茶の1杯でも結構な値段がしたものである。

 それらは俺にしたら苦労話になってしまうかもだが、病気になって死ななかったのは帰る家があったからだ。俺らは反戦活動家の恩恵を直接には受けていない。だから、具体的に戦争を止めるのは何かということについては度々考える。「するな」と言って止めるなら、弱い国が強い国に襲われることなど滅多にないかもだが、互いに言葉が通じない可能性もある。意地悪なやつが「よろこびよるで」と人の弱みを耳打ちして、真に受けて放った言葉が言われた人の逆鱗に触れるなんてことは良くある話だ。

 その意味で、戦争の契機をつくる言論のやり取りがあるように、細心の注意を払って争いごとの種を取り除くコミュニケーションもあるところにはあるかもしれない。今はケータイやネットがあるが、ラジオだって無線だってモールス信号だってある時にはあったわけで、戦後から今まで通信によって成された平和というのもあるだろう。

 そうすると、外国語の勉強や通訳や翻訳や、広報活動など多岐にわたる平和活動が考えられるが、反対にそれらは皆反戦活動家の活動の範疇に入っているだろうか。詫び石が必要経費だったなら、それは命があるだけで楽しみのない労働に人生を奪われてしまったということになるだろう。それでは平和の意味は薄いのではないか、見せかけでは無いだろうか。

 確かに声を上げる人がいるように俺は「知らなさすぎる」のであろう。世の中にはひとりの人間の経験だけでは到底蓄積できない分量の知的財産がある。しかし半端な知識を得たところで、知的労働に見えるプログラミングもブラック企業の超過労働なのだ。戦争で属国とした満州国も自立した暁には日本に詫び石を求めてきた。あの時には俺も戦争が怖く「払って許してもらおう」程度に考えていた。

 それがその後に裏切られ、自分の領分であった半導体産業でも韓国に首位を奪われてしまった。

 だが、戦うと言っても日本の国土は狭いし自衛隊も強いわけでもないとは思う。脅し取られないだけの自衛が必要なのだ。その軍備が恐らくGDP比の軍備の先進国での協調なのであろう。

 戦意を失って訓練する兵隊は強いのかと言うと、兵法には士気も大切だと載っている。その意味では俺の考える平和は領土も何も明け渡してしまって、そこから逃げるのではなく居座って一緒に暮らせないかと楽観的に甘い目に考えている。

 それで実際に国内に外国人と言うか、帰化した人が増えて言葉が通じないで小さな諍いになるということを自分の住む大和郡山市で経験してきている。平和以前に我が家は俺が高校の時くらいから家族不仲であった。だから国境が無ければ平和になるみたいな論理は宮本亜門が沖縄に住んで家に知らないおばあちゃんが勝手に入って来て嫌になって出て行ったみたいな話で、近代人には和平のための国境があるのである。

 そういう意味では言葉の壁というが互いに機械が翻訳してくれるようになっても養老孟のように「バカの壁」がある。反戦活動がうるさくて迷惑な人も世の中にはいる。そういう所にこういう長文が読まれて「くだらない」で済んだらまあ良いが何かの拍子で「こいつめ!」と思われて俺が暗殺されたら、それは戦争ではなく暗殺でそのまま小さく報じられて終わるのだろうか。

 今の日本は元首相の安倍晋三が暗殺されてもたくさんファンの居た京アニが燃やされても、市民が力で物事をどうこうしようという方向には話が進まない。

 そして貧困を理由とした少子化が国を弱め、やがて滅びの道を歩むのかもしれないな。反戦活動でも、元気にやって子孫を残しているならまあ今の俺よりは立派だと思っている。戦争はしないが子供が出来ずに死に絶える。本当の平和ってそんなものなのだろうか?


🄫1999-2023 id:karmen