朝起きてテレビ16時間くらい観て寝るという生活

テレビが面白くて文句のひとつも無いですよ。

いやね、つまらないテレビってのも家族で見てると会話のきっかけになるもんです。

それをひとりで部屋で観て、さっきようやくリモコンで消そうと思って消したんです。

ロシアの牧場では牛にVRゴーグルを付けてストレスを低減させているそうですが。

「俺、牛かよ!」と思ってしまうくらいに部屋でずっとテレビ観てたんですよ。

もうブログだって1日丸々休んじゃって、そっちのほうがラクかなって思ったの。

だけどね、カウンターは回ってんのよ。読みに来てくださる方もいてんのよ。

今日も辛抱さんのニュースに「特盛よしもと」に「嵐にしやがれ」ですよ。

特盛よしもとで今年の浮気芸能人5人の内で誰がイチバン許せないかってのね。

だけど浮気の問題は深く考えないうちに番組が「嵐にしやがれ」に変わってんのよ。

昨日は「小学校5年より賢いの?」で信濃川って新潟通って日本海に流れるんや。

勉強って若いうちはある程度決められたカリキュラムの中でテストのために覚えたりするイメージが俺としてはあったけど、年取るとテレビ見てても自然と入ってくる知識とか、生活から身につく知識とかでそれでもう充分じゃないかって思えることもあるんですよ。

ただ、所謂普通の生活ってやつがね、お金でモノ買って消費して家のことするってルーティンに入ってると、売ってるもの以外の発想とか無くなるし、かといって作るのかと言うと高度工業化社会で自作して売りモンよりしっかりしたもの作るとなると難しいのよ。だからハンドクラフトと言うとお金持ちの暇つぶしの趣味のモノづくりに思えちゃう。

そうなると商売するか、農業するか、工場で働くか、公務員なるかってこの4択の発想は完全に社会科の勉強が日本史の士農工商で止まってるから。現社とか、俺が習ったの30年くらい前だからアップデートが必要で、自身がサラリーマン技術者して日経とか読んでたのも10年くらい前。そんで今はブログも仕事のひとつと思ってやってんです。

テレビ楽しいなって先に書いたけど、昨日はコロナ禍のさなか、医療現場の人が頑張っているので気を緩めて感染拡大させないようにみんなで気をつけましょうって警告が流れてて、それで家にいるとなるとテレビ見てるだけでどんどん時間が経って辛いのも忘れて。

それで良いんだなぁって。俺が18の時っていわゆる就職氷河期ってやつで、当時有名だったゲーム会社コンパイルが経営不振で内定100人取り消しとかあったんですよ。「ぷよぷよ」で有名な会社ね。そんでそれで見事に無職になった先輩がいて。それで江坂のマンションに尋ねていったらバイトしながらカップラーメンに生卵落として飢えを凌ぐ生活でもプレステとかスーファミを部屋のちっこいテレビに繋いでなけなしの銭でゲームソフトを買って遊ぶと言うか、ゲーム会社志望だから商品研究してたんですよ。

その先輩が言うには「世の中に必要な労働力って全人口の2割くらいで、8割は遊べるという時代が来る」とのことで、学校出たら就職っていうのが当たり前の考え方だった時にはそんなに人が遊ぶ社会ってどんなだろうって想像できなかったよね。他には「蟻の群れで働き蟻は2割位で働き蟻が何かで死んだりとかしたら残りの8割のうちの2割くらいの蟻がまた働きだして残りは巣で遊ぶ」とかいう人もいる。

もちろんそれは働くというのが蟻ならば「餌をとってくる」という人の目に見て物理的な仕事に見える仕事だけを観察しているから2割しか働いていないように見えるだけで、巣を作ったり守ったり、女王アリが子供を産んで卵を温めたりするのも全部仕事なわけで。それに蟻の労働だけでなく生態系の機能から考えたりすると自然界での蟻の仕事は何かと言うと死骸になって土を肥やすとかいうのも仕事なのかも知れない。

翻って「人間の2割だけが労働すればいい」ってのは労働の定義から要不用を2割に絞っているだけの話で、俺も以前はココから極論して「日本って貿易国だから内需で回る農業と海外に売れる製品の製造と貿易船の往来さえ出来れば、あとは内需なわけだからお金をなくして配給制か何かで物流だけの仕事にすれば社会は回る」みたいな思想を持っていたんですよ。

んでコロナ禍で実際それだけの世の中に実験的にしてみたらどうだろうと思っていたけど、その社会変化についていけないのって実は働いている人の方ではなくて社会の仕組みを考える側の人間の方なんですよね。

ほんと、昨日はテレビ16時間観て寝たんですよ。今日の残りは何をしようかなと。