目標と疲れのバランス

 昨晩にNHK大谷翔平スペシャルを見た。最初は空いていた球場にホームランがスコーンと入るところから怪我やリハビリ、相手監督の敬遠指示なども良いスパイスとなって最後は満場でスタンディングオベーションをしている観客席にホームランが飛ぶ。音楽でテンションも上がる。その前には寝酒を飲んで寝よとしていたのだが、番組を見て元気になって夜中にホットドッグとカプチーノを朝飯の繰上げに食べて、しかし満腹になると寝た。

 格闘ゲーム仲間には昔のゲーセンと違って今のeスポーツすごいから見に来て欲しいみたいに言う奴もいて、確かに彼らから見たらそうかもだが、俺は闘劇でもシラけている観客と熱狂している観客は半々で、時々すげーなとプレイに感心することはあったが、チケット代とか交通費を考えると、近頃では高いかなと思ってしまう。

 だが、観客ではなく自分が主役だったら。ひと時想像を巡らせる。大谷は野球が楽しいと言っていた。実は引退しようかなとと思ったストIIの最後の負けはリュウケン対決だった。体力差として相手がリュウ、こちらがケンで両者ゼロドットまで行き、飛ぶと相手が待っていて昇竜拳、待つと待ち合い、波動拳は相殺。ハイパーストIIリュウはストIIXの隠しコマンドのスーパーリュウでこちらはストIIXの標準のXケン。ダイヤ的には威力が違うのでリュウ有利とされて、そのため駆け引きの回数ではこちらのケン側が勝っているが、相手が駆け引きをわざと落としている可能性も否定できない。疑心暗鬼だ。

 結局途中でそのカードを投げてXガイルでSリュウには勝ったのだが、実はその相手に昔にこちらXリュウで相手Xケン勝った時に「絶対リュウ有利やって」と言われ「けどケンの方が足速いし一文字蹴りとかあるやん」と言ったら相手は悔しそうに黙ってうつむいた。

 今回は言葉は交わさなかったが、病気のせいか自分の思考が声になっているのか「やっぱりリュウが有利か」と考えたら相手の声で「一文字蹴りとかあるやん」それに心で「ガードすればいいやん」と答えた。投げで1ラウンド目を取って1本先取した試合があるのだが、その時は姉の声で「やめたほうがいいわよ、勝ったら今度は相手にそれを取られるわ」となって3ランド目は投げをためらった。

 結局のところ、俺が弾ジャンケンを3x3行列で示し、相手もそれに則って勝負を挑んできている以上は投げに行くと反則の感がある。それでケンの波動拳の射出が遅くダメージも低いのでリュウ側に主導権がある。相手が先からリュウを取って誰かに勝ち、俺に席が譲られる格好で試合は始まった。反対側の席の後ろには観客が数人いる。

 果たして、大会に出るとして、観客を味方につけて自分が勝者になり脚光を浴びるシナリオが今の俺からそういう軌道に向かって描けるだろうか。今日はちょっと疲れている。

 相手はその後Xダルシムでガイルを潰しにきたのだが、そのダルシムにガイルで勝つことで、相手がダルシムで俺がガイルということを分かっている客はどれほどいるだろうと考えた。古くからのファンからすると俺はキャラはダルシムだと思っていて観戦していたら、相手がダルシムを使うだけでムキになって勝てば自分が負けているように見えるかもだ。

 結局、ガイルでダルシムに勝ったら相手がバルログで来たので、バルログに負けて席を立って台の反対側に回って一礼してゲーセンを去った。昔はよく閉店まで対戦したが、負けて観客側に姿を見せ、帰ることでガイルをしていたことは分かるかなと思ったからだ。

 しかしその後もずっとSリュウ対Xケンが気持ち悪い。投げたら気持ちよくなる。しかしそれを姉の声で封じられたこと、姉に逆らえなかったこと、相手に負けたこと。ずっと気持ちが悪い。結局はゲームを通して、誰かに精神的優位を取った状態で日常を過ごせているかというところに尽きる。

 つい最近まで、何度も'93年国技館ダルシムリュウがよぎった。同じ試合を何度も考えた。あの時だって国技館いっぱいの観客に大きなスクリーンに抜かれて声援を浴びながら戦ったじゃないか。そして、観客は味方で相手のリュウが投げハメに来た時投げ返せなかったが、お通夜みたいに静まり返った。会場がもういちど温まったのは負けても魅せプレイに走った他のプレイヤのせいだったろうか、伊集院光の必死のマイクか。茶番みたいな会場ライブか。

 ただ単純に俺は今疲れている。元気になったら忘れるだろう。悔いるに至る日常での他の屈折があるのかもしれない。こと格闘ゲームに関して、俺は何人を敵に回しているか。ブログを持って攻略を上段からぶつけることで「こいつだけは倒して偉そうに言うのを黙らせてやろう」とするのものが多いのは分かるが、新作が出て手順の変わったコンボ以外は結局のところ俺の言う弾ジャンケンを逸脱した戦い方で買ってくる奴などいないのだ。

 だがそれは、それが攻略であるからではない。ルールだからだ。結局は最後のゲーセンでも最後のジャンケンに負けたのだ。このジャンケンをもっと研究しなくてはいけないとどこかで糸を引いている。ジャンケンに必勝法はないかもしれないが、人が人である以上は何らかの論理に従って意思決定をしていて、その意志の掛け合わせがルールに則ったところで負けたのだ。

 それらが人生の他の今までの幾多の失敗と重なって、劣等コンプレックスとなってゆく。これは医者の言うように病気なのかもしれない。自分で思うように疲れのせいもあるだろう。

 もしかして、裏を返すと俺は何勝もすることで辛い人をたくさん作ってきたのかもしれない。その仕返しがすごい数になって自分に全部向いているから、いつまでも辛いのだろう。

 それがもういちど味方にひっくり返って賞賛されるというのはどんな時だろう。そんなことが起こり得るか。少なくとも、そう考えた方が希望に近い。だが、そのための手段としてもういちどストリートファイターを選ぶなら、深遠な今までの苦悩ともういちど向き合うこととなる。出来れば避けて忘れたい。だが勝つには向き合うしかない。

 コンピュータゲームなのだから、結局は内臓タイマーかディスプレイの更新と同期を取った永久ループのジャンケンでしかない。だがそれを彩る映像や音声があって、大会となると観客はゲームの画面を大型スクリーンで見ている。そのことには本人的にはシラけている。

 そして自分にとっての勝ちもそのディスプレイとスピーカに連動した体験なのだろう。昇竜拳がクリーンヒットしたら、大抵のことは忘れるのだ。気力が回復したら考え直そう。


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