打てない野球が面白いか

 「モラトリアム人間」という言葉が流行ったことがある。学校を出たら働くのが当たり前だった時代から、親が金持ちで学校を出て仕事をしなくてもある程度裕福で何をしたいか考えて学校も仕事もしないで過ごす時期を言う。まあニートに変わったが。

 中学でゲーセンの味を覚えて、高卒になってしまった俺が19歳のときゲーセン店員で、地元大和郡山のアイオーでは客もおらず掃除と店番くらいだったが、かけもちで大阪日本橋のアルファビームでも働いており、そちらはヤクザ屋さんの客がいた。

 仕事と呼べるような仕事は本当に店の掃除くらいだったが、店番である以上はお客さんがいる方がやりがいもあるし、店にお金が入るから給料がもらえると考えていた。

 特にインカムが良かったのはバーチャファイター3で、台を置いておくだけで週に10万円コインにして50円玉2000枚入る。映像技術も最新で新しい未来のものであった。畏敬の念すら抱いた。

 その中で、旧式となったカプコンストリートファイターシリーズを俺は遊んでいた。中学からやっているから勝てて面白かった。そして、勝ち負けが決する以前に格闘家同士が蹴ったり殴ったり、アニメのパンチが当たると「バシン!」と音がして体力を示す黄色い太線(ゲージと呼ぶ)が与えたダメージの分赤くなって減る。体力が全部赤くなるとKOで勝敗が決するわけだが、慣れないお客さんが遊ぶ分には勝つまで至らなくて「減る」だけでも十分殴った感じがして面白いものなのだ。

 元をただせば、台はそういう風に出来ている。キャラクターが次々と登場して負かしていくのだが、コンピュータが徐々に強くなり、最初は殴られて負けて3人目くらいになるとお客さんを負かして100円玉アルファビームの場合はそれが50円玉なのだが、それを取る。

 近所には10円玉で遊べるフェラーリというゲームセンターがあり、それは活況だったが、インカムも100円の10分の1なので商売はギリギリだったと思う。所狭しと台が置かれ窮屈で子供が多かった。対してアルファビームはゆっくり遊べる店だった。

 ゲーセンのアルバイトといっても本当に掃除しか仕事が無いなか、俺はストリートファイターでつながった仲間と互いの店で交代にサクラ営業を始めた。ゲーセンでもらった給料を他の店に入れて対戦をする。儲かった店はまた店員が他の店に入れる。皆そこまで損得にがめつかったわけでもなく、殴り合って最後には勝敗が決まるその勝敗も割とどんぶり勘定で、小銭が無くなるまで遊んで帰るのだ。

 どちらかと言うと殴る爽快感よりも春麗のチャイナ服やキャミィのレオタードに不知火舞のふんどしのほうが客受けは良く、賢い奴は女キャラだった。日本橋はオタクの街だが、千日前のカマロまで行くとキャバクラ街のすぐそばである。

 客を上手くコントロールしているつもりの俺だったが、カマロの女に見破られてしまった「アイツ殴られ屋やろ?」と。梅田あたりに「殴られ屋」という札を持ってコインを入れる缶に「1発100円」と書いて「殴って良いですよー」と人に呼び掛ける変なパフォーマーが現れたが、街の人は素通りする。奇異の目さえ向けない。そんな風景を見せられた。

 ゲームとは言え、殴られ屋は確かにみっともない商売である。打たせて取る野球といえばカッコいいかもだが、打たれて負ける野球になることもしばしばあり、掃除の店番をしてお金を返してもらえるから成り立つ仕事なのだ。ゴロツキにはゲーセンの店番が儲かるらしいと応募してきたが掃除どころか出勤すらままならず辞めるものも多かった。

 風俗街のそばでは、その頃から何を仕事にしているか分からないがゲームにずっと勝つチャラい男が現れ始めた。今から考えると女が買っていたのだろうが、ゲームが十分にサクラで流行っているなら、勝って妬かせて100円玉を総取りする勝負になっていた。女がお男を買っているのか男が女を買っているのか分からないが、金持ちの男に買われる女が100円賭博に夢中になる安い男を買ったのだろう。

 アルファビームの店長は俺だったが、淀川商事と書かれた名刺を持った社長はキャバクラやパチンコ店の経営者でゲーセンは税金対策でやっているだけで掃除で良かったらしい。人の入れ替えで俺は追い出され、地元のアイオーも閉店して専門学校へ行く。

 それから25歳くらいまで会社員として無事に過ごすわけだが、カプコンゲーム最後の大会と呼ばれたカプエス2で自分自身の限界を試すようになった。まだまだ今から考えて打たせて取る野球が身に染みており、打たれて負ける野球であった。

 仕事をフリーランサーとして、何度も仕事で貯めた金をゲーセンで無くなるまで使う暮らしが続いた。無くなったらまたITで働けばよいという能天気だ。

 やがて俺は全く打てない野球を経験する。当たり前だがレバーを後ろに入れたらガードで、ずっとガードされたらボタンを押して殴ってもガシッとガードで受け止められて減らない。そこからガードに対して投げようとするが、そうすると今度は殴られる。

 この中から、ガードを削る必殺技と堅いガードで待ち対空技で減らすピッチャーガイルのスタイルにたどり着く。新しいゲームが出たようでやっていることはどこにでもいるヤンキーストIIの待ちガイル。目新しさもなく、台を買ってもインカムも無いと店とも仲が悪くなって行く。

 パンチラが売り物だったはずだが、そんなものは無くてもリアルの風俗がある。

 全くもって、勝つことだけを考えるゲームバカに俺はなってゆく。風俗嬢の方は買われる身分となり、ゲーセンでは勝負しても100円ずつしか取れないのでお接待をして気持ち良く勝ってもらうか、怒らせて風俗で慰めるか、そんな商売に堕ちてゆく。

 100円を入れても殴れないゲームに快感を見出せなくなった俺は辛抱が身に付き、スーファミやプレステでゲームを研究して、色欲にも打ち勝ちカネを貯める作戦に出た。

 それから彼是幾年経っただろう。思い返すと中学の頃にストIIと出会ったあたりから考え直さないといけなくなった。勉強はその中学の頃から大きな差が付いている。

 今でも俺はモラトリアム人間である。幸いにして親も別居だが両親ともに元気でいる。ゲームに真剣に打ち込むなんてことは考えられない事となった。

 それでも、ゲーセンの店番をしてお給料をもらい、街を闊歩して店で飲食をする方が働いているとまでも言わずとも活動していたことは間違いない。貯金は経済の停滞なのだ。コツコツとせき止めれば銀行にカネが貯まる。

 本当に何をしよう、カネで何か出来るか、そんなことばかり考えて過ごす。仰向けになって寝ていることもある。論語の時代から、寝呆けているよりは双六の方がマシらしい。ゲームにも飽きたら、まさにそういうさまになってしまったのだなと今を見る。


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