毒まんじゅう

 俺が子供の頃には台所にいつもまんじゅうが置いてあった。母が勝手に食べていて、ばあちゃんは「食べたらアカン!毒入ってるかもしれんやろ?」と言う。子供の頃はその毒にガクガクブルブルであったが、やがておばあちゃんも「食べてもええよ」と言うようになり、親父の理解としては「はっはっは、うまいもんには毒があるんや」というのを子供なりにおいしいから子供には毒があると言って食べさせなかったのだと解釈した。

 しかし、饅頭にも色々あり、いつも台所にいる母親は勝手においしいものを食べていらないものを俺に食わせるようになった。俺は小四から塾に通い始めて学校の勉強は良くなったが病弱になってお医者さんにもよく通った。

 簡単な結論から書くと、賞味期限の切れたまんじゅうを母に食わされていたからだ。

 母は「だいじょうぶよ、こんなもん賞味期限なんかないわ」と自分でもパクッと食って見せて、俺にも食わせた。マズくは無かった。スーパーのように数字で賞味期限がかかれているわけではなく、和菓子屋の包みに入ったおまんじゅうはおいしかった。

 もちろん、まんじゅうのせいだけではないのだろうとは思う。寒い季節も小学校の制服は半ズボンだし、そのまま電車やバスで塾に通った。特に小六の時の塾は遠く、帰りによく親父がクルマで迎えに来てくれた。酒を飲んで暴言や暴力を振るう親父ではあったが、中学受験を控えているあの頃は内外共に良いお父さんだった。

 中学には受かったが、色々我慢して勉強して辛い思いをくぐり抜けたら何があるのだろうと思っていたその中学もすることは勉強だった。友達と色々な策で勉強をサボって遊んだ。成績は落ち、高校進学の時には内部進学だがだいたいの内部進学生は対外的に難しい高校受験で入ってきた編入性に成績で追い抜かれ、高校進学しても希望の大学に入るのはきっと無理だよと教師からしたら本当の事というか、あまり出さない内情を打ち明けてくれたのだと今では思うが、俺はどうしてもその教師側から見た中学高校の成績統計から大学への進学率みたいなものが分からず「頑張れば行ける」と高校でしっかり勉強しようと意気込んで他校への編入ではなく内部進学をした。

 しかし、親はもうあきらめていたし、歯が虫歯だらけで歯医者にも通ったし欠席も多くなっていた。あと、校内の健康診断で右耳の難聴も見つかり、ほとんどの人は片方聴こえないくらい大丈夫なんじゃないのと言われるが、右脳と左脳と両耳の関係性を学習面で考えたとき、ろう学校で手話とか学んだほうが良いんじゃないかと言われるくらい聴き取りが悪かった。だが音楽が好きでウォークマンで音楽を聴いて長髪でイヤホンを隠し授業中も音楽を聴いたりしていた。

 病気で試験を休んだこともあった。あきらめず勉強する俺が辛うじて余暇たのは国語と英語だが、理科と社会科が絶望的で、倫理と数学が並みだった。そんなこと学んで何か役に立つのかと周囲からは言われたが、特に数学と倫理の教員からは可愛がってもらえた。聞く子が少ないからだ。じゃあ役に立つのって何やねんと同級生に嚙みついた俺にひとりが「例えば地理やろ」と言い、選択科目で地理も取った。芸術が音楽、美術、書道の選択制で何故か書道を取り、この時に美術か音楽を取っておけばと悔やんだこともあるが、特に美術の先生は「高校の美術なんて大したことじゃないわよむしろ悪いと言われるくらいから芸術家になる人だっているの」と諭されたが、そう諭して低い成績を付ける理由を作る意地悪では無かったかと思うのは芸術家として大成するかと言うより、就活での採用成績に学科ではなく芸術を重視する企業も案外とあることを知ったあとだった。

 さすがに高校三年くらいまで来ると、親が医者で医学部を志望している同級生が俺の病気に気付き始める。

 単刀直入に生徒会長の井筒が

「ミヤザワ!お前絶対親に変なもん食わされてるだけやって!」

 衝撃だった。

 かれこれ、昔を思い出して幼少期から小学校に中学高校まで書いたが、俺は既に46歳である。白痴でもこの歳まで勉強すると、当たり前のことくらいは分かる。

 まんじゅうの原材料には卵白が含まれているのだ。高校までの生物では腐敗がどう進むのかとか、腐ったものを食べたらなぜ体に悪いのかというような角度からはモノは教えてもらえないが、理科とオカルトと体験から、腐った黄身は硫黄臭がすることくらいは分かるのだが、白身でもサルモネラ菌などの細菌感染を引き起こす。

 まんじゅうは一見炭水化物だが、餡やつなぎに卵白が使われ、卵黄が取り除かれているから硫黄臭はしないのだが、無味で砂糖や餡の甘みと香りを保ったまま、静かに腐敗して病因となるのだ。

 母親が別居になることや、家が貧しくなって贈り物が少なくなり、まんじゅうを食う機会が無くなってきたが、最近はおばさんになった姉が手土産をもって親父に渡して帰る。カステラだと賞味期限が書いてあって、ギリギリだったのだが、さすがに切れてから渡すまではしないが余り物を持ってきているのだなと分かるのだが、先日は台所にぽんとまんじゅうが置かれていて、親父が食っていたので「ひとつもらうよ」と口にしたら、昨日は治ったと思っていた花粉症が再発したのかと思うように鼻水がひどかった。

 よく寝て、朝食にあたたかいスープを飲むと、鼻水は治まり、外は雨なので花粉が飛散していないか、あるいは昨日の鼻炎が食中毒で免疫で戻ったか、ハッキリしないところはあるが、まだ残っているまんじゅうの包みのどこにも賞味期限は書かれておらず、今もそういう和菓子屋は日本中にあるのだろうな、いや古都奈良とか京都だけにあるような店なのだろうか、とも思ったりする。

 半分くらい金属歯になったボロボロの歯を今更に毎日磨いている。もう白くなることも恐らく見込めない。ただ、歯周病とか残った歯の健康にはなる。歯医者さんにしてもどうして小学校で歯磨きの習慣がつかなかったのか、保健体育や健康推進から漏れてしまった学習障害児というのが死んでしまわずに46歳まで生きているのをある先生はひとりの人間として、ある先生は治験の検体として、まだまだお薬で生かされるのだ。


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